我々が出力の大きめな真空管パワーアンプを作る際、シャーシ上のソケット周囲に直径10mm程度の穴を配し、これを自然空冷の通気孔とすることは多々あります。

多くの記事でも、その様子を下の様なイラストで解説していますし、それを見る限り、「なるほど、この穴は自然空冷において有用なのだな。」と思うかもしれません。

しかし本当にこのようなイラストの通り、シャーシ内の空気が都合よく穴を通って上昇気流となり、真空管を効率よく冷却してくれるのでしょうか。


       


というのも10mm程度の穴は、意外と気体の流動抵抗があり、それよりも周囲にある空気の対流の方が、はるかに動きやすいと思えるからです。

こうした場合、やはり考えるより実験でしょう。具体的には同じ環境で、穴ありと穴無しを比較し、真空管の表面温度に違いが出るのかを計測します。

とは言え、そのためにアンプを作るのは大変なので、実験用シャーシを作ることにしました。シャーシの底は、穴の効果を妨げぬよう開放とし、設置台より5cm以上隙間をあけます。


          



実はこのシャーシ、高圧レギュレーター管である、6BK4の活用法を探る新シリーズのため作ってみたのですが、通気孔というテーマも気になっていた故、ちょっと寄り道をすることにしました。

温度測定は「穴あり」、「穴無し」、そして私の思い付き方式「パッシブクーラー」の3条件を対象とし、それぞれに違いがあるのか、単なるおまじないだったのか、はっきりさせます。

真空管サンプルはKT88の3極管接続を用い、Ep=500V、Ip=60mAを定格と決め、定格電流が安定した後45分程度経った時の温度を測ります。

また測るポイントは、真空管に印を付けて、全く同一点となるようにします。


          


さらにパッシブクーラーも試してみました。パッシブクーラーとは、ヒートシンクにより熱を吸収し、上昇気流に変換して冷却効率を上げようというもので、効果が分からないまま、すでに幾つかのアンプに採用しています。

ちなみにこのアイデアは、デロンギのオイルヒーターからヒントを得たものです。


           


        


ということで色々試した結果、計測結果は下の表のようになりました。残念ながら通気孔もパッシブクーラーも全く機能しておらず、何時間もかけて計測した結論がこれだと知ると、正直なところ気落ちします。


状態 通気孔無し 通気孔あり パッシブクーラー
温度 155℃ 155℃ 155℃


結局シャーシ上部の対流の方がはるかに有効だったというわけで、真空管周りのスペース確保が重要となります。

またサブシャーシによる落とし込み方法も、同様に無駄だと分かり、むしろこの方法は、シャーシをソケットのヒートシンクとして活用させない、もったいない手法ともいえます。

            


この方式が使われるようになったのは、もしかしたらアイマックの規格表に、下の様な図が出ていたものを、勘違いしたのかもしれません。


           


しかしこれはシールドのためで、冷却のためではないのです。

これらの結果から、ソケット周りのシャーシ加工があまり役に立たない理由は、ソケット周りの温度がガラス中央部に比べ、それほど上昇していないことにあり、有効な対流が起きていたのは、それよりはるか上方であったのだとわかります。


         


逆にソケット周辺が強力な対流を起こすほど高温になっていたら、ソケットに接するハンダやパーツ温度も含め、これは相当まずいことになっていると言うわけです。

以上厳しい現実を垣間見たところで、早速頭を切り替えます。つまり「小手先の処理で冷却効率を上げられると思うなよ!」という教訓でしょう。

ただし効果は無いがスタイルを楽しむ、「クルマ用ニセ・エアロパーツ」感覚で穴を開けておくのも、趣味の世界では良いのではないでしょうか。





なにしろほとんどの人は、まだ通気孔がおまじないだという事実を知らないのですから。「我々は真実を知るより、むしろ妄想を捨てるべきだ。」(ルートヴィヒ・ベルネ)という言葉が響きます。

また上の図のようなクルマに乗っている人たちは、これで性能がアップしたとは全く思っておらず、むしろ空気抵抗が増えてマイナスだと充分理解している点、真空管マニアよりマシかもしれません。

しいて言えばシャーシ内部の熱を逃がすための穴という解釈はできます。しかしこの場合でも、パワートランジスのように、シャーシなどをラジエーターにする方法や、大き目の穴を1つ空ける方法が効果的でしょう。

ちなみに通気孔にこだわりのあるマニアに向けて、参考になりそうなパターンを下に示します。





                      


というわけで、ここで完結しそうですが、「真空管冷却マニア」でもある私が、このままでは引き下がるわけがありません。

実はパッシブクーラーには、さらに大きなヒートシンクを用いた、「2号機」なるものが用意されていたのでした。元は銀色(アルミ無塗装)のものを、つや消しの黒に塗り替えてあります。


          


写真から分かるようにほとんど真空管がかくれてしまうものの、ここまでやると下の表のように、当初予測していた効果が発揮し出すようです。


状態 通気孔無し 通気孔あり パッシブクーラー パッシブクーラー2
温度 155℃ 155℃ 155℃ 125℃


真空管上部に手をかざしてみると、上昇してくる空気の温度が全然違い、かなり手を近づけても、熱が分散しているためか熱くありません。

ビルトインタイプの真空管アンプなどでは、「本当に冷える」無騒音冷却システムとして最適でしょう。意味の無い穴あけに苦労しているのなら、これは絶対おススメです。

ただし球を引き抜く時が少し大変で、形状や設置方法について、更なる改良が必要となるでしょう。効果が証明された今、そうした工夫で頭を悩ませるのも、また楽しいものです。




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